えがおで りんと このばしょで

表現者であり女・小沼枝里子のあれやこれ。

価値観を逆転させる。と。

これはあたしの備忘録的な記事だけれど、誰かの何かに引っかかるきっかけぐらいになったら幸い。

性とパートナーシップのお話です。

 

あたしね、恋愛関係において、身体の相性って超大事だと思ってたわけですよ。
結婚まで考えてるなら尚の事。
だってセックスしないと子供作れないじゃない?
肌を重ねる幸せを感じられない相手と一緒に居る事の意味がまるでわからなかったわけ。

で、ですね。
今日こんな記事を見つけたの。

news.livedoor.com

で、FBで子宮委員長はるちゃんがこの記事に対してこんな投稿をしてた。

セックスレスになってからが本当の夫婦」この記事面白い✨

セックス=夫婦、にするから苦しくなるんじゃなかろうか。んじゃなんのための結婚?それが、子供のためであってもいいし、不倫も役割♪

そりゃね、夫婦で子供もいてセックスもチューもしていつまでもラブラブなら理想的だけど、それって東大に受かる確率としての難しさではなく、単なる個性ではないかと。

他の国でもありそうだけど、少なくとも日本ではその固定概念が宗教になっている。

なんならわたしは今、セックスしないで婚約し、結婚もするけど、それは「セックスレス」とは言わないとおもうんだよね。んじゃなんで結婚するの?って、好きだからだよ。

そういえば、なんでわたしが怒涛の再婚劇になったかと言えば「彼女じゃなくて、お嫁さんになりたいんです」って言いました。我ながらハッキリ名言しますね✨

結婚の形はケースバイケース。

 

あたしにとっては結構目から鱗だったわけ(笑)
過去、それこそ求めてもらえない事が苦しくて、それが決定打になって別れた事もあったし、ついこの間別れたばっかりの人なんか身体の相性最高だったからなかなか思い切れなかった部分があったりしたし。

なのでね、理解出来ないけど一度飲み込んでみました。この価値観を。
「セックス出来ない相手とでも一緒に居ていい」
文にしてみると「いや当たり前じゃん」て感じなんだけどさ(笑)

 

たとえば、です。
あたしに今お付き合いしている人が居たとします。
めっちゃ愛してて一緒に居たいけど、お互い肌を重ねたいとは思いません。

ここから先。

お互いに肌を重ねたい人が現れた時にどうするのかっていう話なんですよ。
少なくとも、相手にそういう存在が出来た時に過度な嫉妬をすることは、あたしは健全とは思えません。
だってお互いにセックスしなくてもいい前提で一緒に居るんだもん。
仮に相手にそういう欲求が出た時に、求められても応えられないから応えてくれる人とどうぞ。ってくらいの覚悟で一緒に居るよね。居ないのかな。どうだろう。
それが風俗だろうが浮気や不倫だろうが、そこに大きな差は無いと思うわけだ。
「不倫も役割」ってそういうことじゃなかろうかと思うわけで。
好きな相手に抱かれたくないなんて思った事ないので、ほんと想像でしかないのだけど。
あと、自分にも抱かれたいと思う相手が現れた場合。
ケースとして

①どっちの人とも一緒に居る
②今の相手と別れてその人を取る

大きく分類してこのどちらかになるわけですが。
①を選ぶ場合、いかに軽やかに罪悪感無くオープンにそれを選べるかってとこが結構重要だなとも思うわけで。
いや、別にオープンにしなくてもいいんだけどね。↑はあくまであたしの場合。
しかも経験無いから想像。
それに、秘密を楽しむって選択肢もあるからな。

まぁとにかく。
結局「どちらでもいいとして、じゃあどっちがいいか?」って話なんだよね。
どれでも、何でも選べるとして本当に望む形は?
ってこと。

何か思うのはねー。
↑みたいな記事が出てきた時に、ただの安心材料に使っちゃうのは勿体ないなって事なんですよ。
著名人が言ってるから、誰かが言ってるから「ならこのままでも大丈夫」、逆もしかりで「うちは出来てるから大丈夫」って。いやいやいや。

で、ほんとはどうしたいの?

です。

あたしの周りにも、今まで出会ってきた中にも、カップルやご夫婦、ほんと色んな関係性を築いてる人たちがいました。

別居してるけどめっちゃ仲いいご夫婦とか。

彼が二人居る(どっちの彼も互いの存在了承済)お姉さんとか。

性的衝動と恋愛感情は別だっていう人もいるし。

勿論、所謂普通にとっても仲いいカップルやご夫婦も多くいます。

どの形もありで、どの形も素敵。無理してないならね。

 

その時その時でどうしたいかっていうのは変わるからさ、こういう記事や発信が目に留まった時こそ自分に問い直すいいタイミングだと思うんだ。
性とかパートナーシップの事に限らずね。

で、あたしはやっぱりセックスを一緒に楽しめるパートナーがいいなぁと思います。
好きな人と肌を重ねる幸せや心地好さはやっぱり大好きだしね。
それに、もしお互いに、お互い以外の相手が現れた時には、でもってその時に自分にどちらとも一緒に居たいって気持ちが湧いたのであれば、それを素直に伝えられる自分で在りたいと思う。
大切なコミュニケーションツールのうちの一つだからこそ、あたしはそこに対してなるべく素直でフラットでいたいなぁ、と思ったのでした。

自分も相手も苦しくないのが一番。
やっぱどっちかが我慢してたり本音を隠してるのは不調和だもんねぇ。

自分の覚悟の元、二年近く浮気相手的な立場でいて、それに対しては全然後悔してないんだけど、その経験を踏まえ(笑)、少なくとも今は一人の人と愛し愛される方が好みだなぁと思ってます。
一分後には変わってるかもしんないけど(笑)

「あたし」に一貫性があれば、発信に一貫性はなくても結構平気っぽいのは最近気づいたこと。

 

もうしばらくフリーでいるのか、意外とすぐ次のパートナーが現れるのかわからんけれど。
次に出会う人が楽しみだなぁと思っている今日この頃です。ふふ。

 

理解できないものを、とりあえず「あり」として飲み込んでみると、より自分の価値観て浮き彫りになるね。
やっぱ全ては好みだなぁ。
人の数だけ真実がある。

好きも嫌いも忠実にいたいね。