えがおで りんと このばしょで

表現者であり女・小沼枝里子のあれやこれ。

神様と遊ぶ。

5月27日、土曜日。

ぴっかぴかのお天気の中、瀬戸神社でのあじさい技芸祭を無事に終える事が出来ました。

まずは、一緒に奉納をして下さった

泉さん
hirocoちゃん
真帆ちゃん
尚子しゃん
弥衣さん

本当に、本当にありがとうございました。

まだまだ胸がいっぱいで、簡単に思い出し泣きが出来そうなほど、奇跡で溢れた一日で、正直文章として上手くまとめられる自信がないのですけど。
日が経てば経つほど、どんどん書けなくなっちゃいそうで(笑)
拙いと思うし、あっちゃこっちゃ話飛ぶかもしれませんが、良かったらお付き合い下さい。

 

実はね、有難くも昨年も瑞樹しゃんから声は掛けてもらってたんです。
でも、去年のあたしは一人で何をすればいいかまったく思い浮かばなくて、お断りをしたんです。
そもそも「一人でがんばろうと思ってた」ってとこから考えると、誰かをお誘いして、たくさん助けてもらいながら今年は奉納に臨む事が出来た、っていうのは、個人的には結構な変化だったりします(笑)

 

あたしね、「大神」ってゲームが本当に本当に大好きで。
いつか、あの世界観をライブでやりたいな、と思ってるんですけど、今回の技芸祭はその前身になった、と思ってます。勝手に(笑)

 日本神道には「一霊四魂(いちれいしこん)」という考え方があるそうです。
一霊は直霊(なおひ)
四魂は、和魂(にぎみたま)、荒魂(あらみたま)、幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)
それぞれがどういったものか、という説明は省きますが、ざっくり言うと「魂を構成する要素」のことです。
でね、この「一霊四魂」という形って、人間も神様も同じなんですって。
違うのは、肉体があるか無いかだけ。

あたしね、これ聞いた時めっちゃ感動したんです。
「全部一緒」とか、「元はひとつ」とかっていうのが腑に落ちて、「神様」って存在がぐっと近くなったから。
神様を敬うって事は特別でも何でもなくて、自分よりも長く生きた存在を当たり前に敬う事と同じ。って、本当にただそれだけの話なんだって事がわかったから。

さっき書いた「大神」ってゲームのラスボス戦で、こんな台詞があります。

 

「ついさっきまでお空でニコニコ笑ってたってェのに、どういうワケだかヘソを曲げちまって、お陰でこの世は真っ暗闇だァ」

「これじゃ表で気持ちよく昼寝も出来ないし、稲穂だって萎れちまわァ。草や花は片っ端から枯れちまって、洗濯物も乾かねェ。妖怪どもは大手を振ってそこら中を歩き回り、お祭り騒ぎときたモンだィ」

「そんな陰気な世の中は――誰も望んじゃいないだろォ?」

「ここは一つ、みんなで力を合わせて大神サマのご機嫌取りと行かねェか?
ちょいと手を合わせて心の中で感謝の気持ちを捧げるだけでいい。」

「みんなの心が届いたらお天道サマも機嫌を直して顔を出し、浮世をあまねく照らしてくれらァ!」

「だって大神アマテラスさまは――ポカポカ陽気がご身上のお調子者なんだからなァ!」

 

「大神」の世界観の中で、というか、そもそも日本において、神様は人間が一方的に崇め、敬い、恐れる存在ではありません。
人が信じ、祈り、感謝を捧げる心が、「神様」の力の支えになり、そしてそれが恩恵として巡る。
神様と人間が感謝し合って、助け合って存在してるんです。
だって「同じ」だから。

 

だからあたしは「神様と歌や踊りで遊んでみたかった」
そしてそれをやるのは、あたし一人じゃとても無理で、弥衣さんにカールヴァーンのテーマ曲である「女神の息吹」をどうしても歌って欲しかったんです。

歌う事、踊る事、手拍子をする事、ただ見る事、すべてすべて「選択」の結果。
「一緒に踊ろう!」って小さな子に言ったり、剣士の皆様においては半ば強制的に引っ張ってきちゃいましたけどw
でも、断るのも、その後一緒に踊るのも歌うのも、全部全部選べる。
あなたの好きなように。

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

神社って、本当は神様を通して自分と向かい合う場所。
神様を通して、覚悟と誓いを立てる場所。
だからあたしはカールヴァーンをやりたかったんです。

……うーーーん、伝わりづらいな(笑)

うーんとね。

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

カールヴァーンて場所は、本当に自分の好きな事を選んでいいんです。
選ぶって事は、ただそれだけで誓いと覚悟になります。
言葉にするけど何か重たい空気になるけど、本当は、もっともっと軽やかなものだと思ってるんですよ。
歌いたい。歌おう。みたいなさ(笑)

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

歌いたい、踊りたい、見ていたい、聞いていたい。
どれでも、何でもいいんです。
望む事をやっていい。本当に望む事をやった結果、場はちゃんと成立するんです。まとめようとしなくたって。
それがカールヴァーンて場所。
で、「神社」って場所だからこそ、それをやりたかった。

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

勿論、弥衣さんの歌声を広めたいなとか、カールヴァーンの宣伝になったらいいなとかも思ってたんですけど、それより何よりやっぱり一番は「神社でカールヴァーンやったら絶対楽しい!絶対神様踊る!!」でしたww
だから、本当に歌って下さった弥衣さんには心から感謝してます。

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

「神様と遊びたい」って、完全なるあたしのわがままから始まった今日のこと。
出来ないことだらけで、無茶振りも相当して、みんなに何度お礼を言っても足りないのに、今日は本当に何度も何度も「ありがとう」の言葉を、あたしの方が頂いてしまいました。
これを幸せと言わずして何て言うのか(笑)

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

「好きなようにやってるだけだよ」って言ってくれたけど、本当にそれが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

きっと、神様も一緒に踊ってくれてたと思います。
絶対に喜んでくれてた自信はある(笑)

だって、

神様=あたし=あなた

だからね。笑。

— 小沼 枝里子@6/3ロデロフォト撮影会 (@ONUMA_Eriko) 2017年5月27日

 「女神の息吹」には、同じフレーズが繰り返し繰り返し出てきます。
弥衣さんいわく、「遺伝子の構造をイメージしてる」とのこと。
命がどんどん広がり、人間がどんどん生まれ、世界を覆う。
女神は世界をかき混ぜて形作る。

もうね、鳥肌立ったよね(笑)
「世界をかき混ぜて作る」って、イザナギイザナミもやったんだもの。

 

リハで「女神の息吹」を歌ってもらった時、泉さんも真帆ちゃんもhirocoちゃんも、本当に弾けるような笑顔を見せて踊ってくれて、歌と踊りで会話してる様子が本当に嬉しくて幸せで、思わず大号泣wwwww
みんなびっくりしてたけど、誰より自分が一番びっくりしましたw
涙腺弱すぎかよとww

 

 

 天照大御神が岩戸に籠ってしまった時、天宇受賣命が踊った様に、それと一緒に神様たちが上も下も無く楽しんだ事で太陽が戻ってきたように。
最後に見れたのは、そんな光景でした。
もう、ほんっとにほんとに幸せでした。
弁天様にも、大山津見命様にも楽しんでもらえたかな。
いや、自信はあるんだけどね(笑)

ある人は歌い、ある人は踊り、ある人は見て聞いて、ある人は手拍子をし。

ただ、「それだけ」でした。

ただ「それだけ」だから、幸せでした。

あの瞬間だけは、みーんな丸裸の魂だったんじゃないかな、って。

あたしの主観だから、実際どう感じてもらえたかわかんないですけどね(笑)

 

めっちゃめちゃ贅沢だけど、「神社でカールヴァーン」は、またやりたいな、って思ってます。
あと、「ライブ・大神おろし(仮)」も絶対実現させるからね!!(笑)
だから、ちょっと寂しかったり退屈してる神様、呼んで呼んで!!(笑)

 

理由は良くわからんけど、やっぱりあたしは神社って場所と、そこに宿る神様たちの存在が大好きです。

だから、一緒に遊ぼう。