えがおで りんと このばしょで

表現者であり女・小沼枝里子のあれやこれ。

スピリチュアルってやつ。

昨今、所謂「スピリチュアル」な話が当たり前のようにあっちこっちで見られるようになりました。

「子宮系」と呼ばれる女性の方々もかなり多くなってきて、ブログや書籍が本当にたくさん。
「女性性」ってもんが注目される時代になってきましたねぇ。

インターネットが発達して、ありとあらゆる情報が簡単に手に入るようになって、けれどその分、どの情報を選ぶべきか迷子になったり。

んで、かつてはあたしもそんなすぴジプシーの一人でした。

きっかけは、2011年に受けたレイプ未遂だったんですけども。
……あれ、2012年かも?いや、2011年で合ってるはず。
………………まあどっちでもいいや←

もうさすがに薄らいできてるけど、まだまだ鮮明に思い出せるところは多いです。

 

もう夜中の2時近くだったでしょうか。
あたし、今は友人と二人暮らしなんですけども、当時は一人暮らしでして。
後でゴミを出そう、と思って、たまたま鍵を掛け忘れちゃったんですね。

そしたらまぁ、男の人が侵入してきちゃいまして。
大きなマスクとキャップ帽で顔を隠していて、手にはカッターナイフを持ってました。

まぁ、当然声も上げられず。

「服を全部脱いで布団に入れ」

って言われて、のしかかられて、左の二の腕にカッターを突きつけられて「殺されたくないだろ?」と。
絞り出すような声で、「いやだ」としか言えませんでした。

でも、どうにか助かりたいから、頭の中はフル回転。
んで、思いついたのが「ありがとう」って言う事だったんですね。
何でかっていうと、たまたまその数日前に本屋で立ち読みしたのが「ありがとうの魔法」みたいな題材のスピ本だったからwww
冷静に考えるとバカみたいなんですけどね。
その時は大真面目だったんですよ、マジで。

でも、実際に犯人の手を止めたのは「あなたの事が知りたい」って言葉だったんですよね。
そこから目的の「ありがとう」も言って、その後一時間半くらいお喋りして、普通に友達を見送るかの如く「ばいばーい」ってして助かったんですけどね。
これね、話すと「ちょっと何言ってるか良くわかんない」って言われますw

奇跡体験あんびりーばぼー(ぉ

んで、その後がしんどくてねー。

あたし以外にも被害者が居て、結構大きい事件になってしまったものもあって。

裁判って、大きい事件からやっていくので、被害が一番小さかったあたしの裁判は最後になりました。
ちなみにその裁判やったのが、2012年に出演させてもらった古事記の音楽劇の小屋入りの日っていうww
本番被ってなくて良かったな、といまだに思うけど(笑)
多分、証人喚問は断れないからね。
(でも、この時の検察官や警察官に事件当時の状況を話す、って経験は、2015年に出演した「女のむすめ」で生きたと思っているw
調書作るために、事件の事何度も話さなきゃいけないのはほんとしんどかったけどね。)

当時お付き合いしてた彼の方がえらい傷ついてしまって、あたしは未遂で終わったとはいえ相当傷ついたはずなのに、全然平気なふりをしてしまって。
(でもその当時はマジで平気なつもりだった。担当の警察官にも、本当に性犯罪の被害者なのか、ってびっくりされたくらい)

んで、そのくらいからです。
「スピリチュアル」にのめり込んだの。

当時流行っていたのは、日本におけるスピリチュアルブームの火付け役と言っても過言ではない「ザ・シークレット」。

起こる事は全て自分に原因がある。ってやつ。
自己啓発本に大抵書いてありますよね、これ(笑)

それから色んな本読んで、色んなメソッドやワークを試して、

そして、選ぶ言葉が違うだけでどれも書いている事は同じだ、とまず「頭」でわかった時。

余計に、わからなくなった。
でも、「わからない」って事が、あたしにとっては非常に悔しいものだったので、どうにかこうにかわかりたかったんだよねぇ。

それから、

これを受けさえすれば変わると思ったセミナー参加したり。

この人のグループに居れば何かが変わるとか思ったりもして。

占い師始めたのもそれが最初だったんですよねぇ。

「人を癒すのが使命だ」

「だからこんな辛い思いをしたんだ」

とか思ってた数年前。

何のことはないよ。

癒されたかったのはあたし自身だ。

癒して欲しい、愛して欲しい、見て欲しい、そんな「欲しい欲しい」ばっか言ってるあたしをあたしが認めたくなかっただけ。

ここ数年で、それを見ないために作った「小沼枝里子」の皮がぼろぼろ剥がれて、

そんな、作りあげたやわらかくてあたたかい「小沼枝里子」を好きだと言ってくれた人は、やっぱり離れていったなと思う(笑)

でも、そんなあたしに騙されてくれた人にも心からありがとうと言いたい。

間違いなく、その瞬間のあたしにとっては必要な人だったのだ。

言い方はあれだけどさ。

だし、作ったあたしも間違いなくあたしだから、無くなっても無くならない。

一緒に連れていく。

たくさんのあたしを、ちょっとずつ見つけながら。

チャネリングやるし、リーディングもやるし、スピリチュアルは単純に好きなんできっとこれからその世界の話もしたりしなかったりするけれど(笑)
別にあってもなくてもいいんだよ。
ただ、あたしにとってはあった方が楽しい世界ってだけ。

ただねー、前世がこうだからとか、アカシックレコードがこうだからとか、ホロスコープがこうだからとか、それを「今」の言い訳に使うなら、無いほうがマシだと思うぜよ。
そういうのは大嫌いだから、ふわっふわした地に足のついてないスピは嫌。

そして今「わかんねぇぇぇぇ」ってなってる人。

存分に「わかんねぇぇぇぇ」って思っとけばいい(笑)

存分にジプシーすればいい。

悔しい事に、とことん、本当にとことんわかんねーよ!!って拗ねたり怒ったりしてると、ある日すとん、と腑に落ちる瞬間がくる。

確かに、すべての事は自分が望んで起こしたことだ、と。

めーーーーーっちゃ手痛い現実かもしれないけどね。

それは、本で読もうが誰かから聞こうが、自分で肚の底から感じなければ「理解した」とは言えない。

これ、マジで気付くとすげー悔しいけどな!!ww

子宮の声だろうが神様だろうが天使だろうが何でもいい。

それが欲しかったら、どんな醜い思いもすべて連れて行け。

全部、本当に全部抱きしめられた時、それは本物の「光」になる。

意外と世界は優しいんです。

 

生きてる事が、一番の「スピリチュアル」。